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ゆたかな暮らしを求め南ヤツに行き着いた。/自然体験仕掛け人 林誠二さん

公開日test:20180911
作成日test:20201128
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あなたにとって「ゆたかさ」とは何ですか? 誰もがあこがれるゆたかな生活。 東京で20数年、猛烈に働いていた林さん。 日々の暮らしが「ゆたか」であることを求めて、南ヤツに移住しました。 林さんは「ゆたかさ」をどう捉え、どんなプロセスで「ゆたかな暮らし」にたどりついたのか。読者のみなさんと自分なりの「ゆたかさ」を考えるヒントを探りたいと思います。 胃腸薬と頭痛薬常備のサラリーマン生活 東京でエンターテイメント系企業の版権ビジネスプロデューサーとして20年あまり活躍していた林さん。キャラクターグッズを作ったり、キャラクターを冠したマウンテンバイクの女子ダウンヒルチームを作ったり、長年培ったマーケティングとプロデューススキルを活かし、自らビジネスを生み出していました。そんな林さんは、東京でどんな暮らしをしていたのでしょうか。 林さんの東京時代の持ち物①アタッシュケース②長財布③胃痛薬・頭痛薬④スタバとおしゃれスーパーのポイントカード⑤現実逃避用南国本⑥ペンライト⑦裸足で履いて南仏気分の出る靴 「東京では相当忙しかったです。仕事はストレス溜めてでもきっちりやって、オフの時に発散する生活を20数年やっていました。頭痛薬と胃腸薬は常に鞄の中。でもふとある時、それがおかしいと、オフだけじゃなくオンの生活も楽しまないと良くないじゃないかと、子どもが生まれたことも重なって、日々の暮らしを変えたいと思ったんです。そして、自分の会社を始めました。会社のスローガンも『日々のくらしをゆたかに』にしました。」 ――独立されたのはおいくつの時? 「45才。ただ自分の会社を始めたら、稼がないといけない。毎日余裕のある時間の使い方ができるかと考えたのですが、やはり犠牲にするものがたくさんありました。でも、ゆたかな暮らしを求める思いは変わりませんでした。」 ゆたかさを求めていたら南ヤツに行き着いた 八ヶ岳にある叔父さんの別荘にことあるごとに通っていた林さん。南ヤツ(長野県富士見町・原村/山梨県北杜市)にはもともと土地勘がありました。 富士見町にある富士見パノラマスキー場は、マウンテンバイクのダウンヒルの聖地。林さんも仕事の関係で始めたところ、いつの間にか趣味になり、ますます南ヤツに通うようになります。 地域おこし協力隊時代に仲間と編笠山へ(提供写真) 「いろいろ模索している時に北杜市の地域おこし協力隊を見つけました。妻に相談し、52才で北杜市の地域おこし協力隊に入りました。まわりは若者ばかり、僕は最年長でしたね。今は、妻に会社を経営してもらって、僕は単身赴任しています。」 ――地域おこし協力隊では何を? 「観光振興をやっていました。マーケティングのスキルを活かすには良かったですね。観光課の窓口をやることで、八ヶ岳自然文化園とのつながりもできましたし。東京にいる時よりも自分の経験が社会のためになっている実感がもてました。これも僕の思うゆたかさのひとつです。」 休日は家族連れで賑わう林さんの職場「八ヶ岳自然文化園」 地域おこし協力隊の時のご縁と実績で、長野県原村の八ヶ岳自然文化園の園長となった林さん。すでに「クラフト市」や「星空の映画祭」は名物イベントとして駐車場が満杯になるほど有名でした。林さんはさらに植物観察の体験イベントや、八ヶ岳周辺のハイキング体験なども開催します。...

by .HYAKKEI編集部
September 11, 2018

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